シンプルライフのススメ〜日々の暮らしを丁寧に生きる〜

 「シンプルライフ」 

ふと気になった言葉。凄く響きの良い言葉である。

時々意識したり、実際口にすることもある言葉だが、定義や意味を曖昧なまま、ただなんとなく使っている言葉だなと思い至り、「シンプルライフ」について検索してみた。

 

シンプルライフとは

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シンプルライフ」=「simple life」ではない

シンプルライフ」は直訳すれば、「簡素な・単純な、暮らし」となる。

よく言われる「断捨離」「ミニマリスト」もこの「簡素な・単純な、暮らし」に近いイメージ。

自分に見合った「最小限の(ミニマムの)」暮らし。少なければ少ないほどよい。

しかし、「シンプルライフ」はもう少し何か違う。

それぞれ焦点をどこに当てるか、そこ違いがある。

「断捨離」

  ・・・「モノ」に焦点を当てている?

ミニマリスト

  ・・・「ヒト」に焦点を当てている?

シンプルライフ

  ・・・「暮らし」に焦点を当てている?

様々な情報を見て思ったのは、

「暮らし」を見直すことで見えてくる価値、がシンプルライフにおいて大事だということ。そしてそういった精神構造をも表現する言葉だと感じた。

 

身の回りに溢れるもの

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私の生活は、毎日大量の「モノ」によって成り立っている。家、車、布団やトイレ、洗面所。至るところに「モノ」が溢れている。洗面所を思い返してみる。そこには歯ブラシ、石鹸、シャンプー、洗顔料。さまざまなモノであふれている。

試しに見直してみる?

自分の身の回りの「暮らし」。ためしに、見直してみる。いるのか、いらないのか。

歯ブラシは私の生活において必要か。

これはないと困る。いま口臭に対する評価は大変厳しい。電車の中づり、様々メディアで格好の的である。2500年前ですら歯ブラシはあった。歯木(しぼく)というもので、ある種類の木の枝の先を咬んでほぐしてそれで磨いていたそうな。明日から歯木で磨ければ、確かに「シンプルライフ」の究極ではある。しかし、ある種類の木を近所から見つける間に、虫歯になるだろう。

シャンプーは私の生活において必要か。

これもないと厳しい。3日もすれば発狂するかもしれない。スーツの肩にうっすらとフケがつもる。初雪ですか、と女子社員から馬鹿にされるかもしれない。仕事そっちのけでドラックストアに買いにいくだろう。

古代の日本では、髪を洗うという習慣はなかった。年に1回程度、「穢れ(けがれ)」をはらう儀式として行っていたようである。あとは小麦とか粉末にしたものをまぶして髪をとかす程度だったとか。

江戸時代には庶民でも月1程度で洗うようになった。ただ、これが大変な作業である。半日はかかる。海藻の一種「ふのり」とうどん粉を混ぜてお湯に溶かしたものをシャンプーとして使用。ドライヤーとかないので、天気の良い日を選んで、自然乾燥である。

これを現代の私がやろうとしたら、どうだろう。まず、有休を取らなければならない。有給取得の理由は「洗髪するため」だ。上司は首をかしげるだろう。天気が悪ければ、やはり洗うことができない。また肩に雪が積もる。

 

まとめ

半分ふざけてみたが、こうやって少しだけ別の視点でみていく時間を作ることも「シンプルライフ」への入り口ではないかと思えた。自分の生活に不可欠なものでも、意識しない限り、何の感謝もなく当たり前のように使ってしまっている。そんな自分に気づかされる。日々の暮らしを「丁寧に生きる」ことを忘れてしまったのだと。

 

 「暮らし」を見直すことで見えてくる価値

 

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なんとなく、ここからは大きな「愛」を感じる。